第9回: 見立てとデザイン

見立てとは


「見立て」という言葉自体は,

  • 選ぶ
  • 定める
  • 診断する
  • 見栄え

などがありますが,今回の見立てとデザインで扱う「見立て」は,

あるものを別のなにかとして見ること

とします.

「見立てる」ことはその類似性をもとに連想し,認識を改めていく行為であると言えます.

日本の文化には古くから「見立て」が関係しています.

日本文化と見立て


茶の間では意図的に完成形ではない状態にする,あるいは空間的に満たされていない状態を作ることで,想像の余地を与えられた利用者が,自分なりに見立てを行なって屏風などで仕切ったり,掛け軸など装飾を施したりします.これは全く特別なことのようには感じませんが,西洋の文化と固定型の空間様式と比較すると大きく異なることがわかります.それらは当然茶道などの日本の文化にも色濃く反映されています.


日本庭園などにも見立ての概念は反映されています.
庭石などは,見立てによって単なる石ではなく亀石や鶴石など特別な意味を持つものとして扱われたりします.

このように日本人は古くから,見立てることで想像力を膨らませてきたことがわかります.

教育と見立て


美術やデザイナー,教育者として様々な顔を持つブルーノ・ムナーリの提唱した教育方法のうちの一つに不定形な紙に絵を描くワークがあります.
破られた紙に対してスケッチをすることで,先入観を排して,子どもたち一人ひとりが紙を何かに見立てていきます.
動物に見立てて顔を描く,穴を利用してお面を作る,など様々な見立てが起こり,多様な表現が立ち現れます.
子どもたちに能動的に観察,想像,発見させ,自身で考えることを促されるのです.

このように教育的観点からみても,見立ての重要性は言うまでもなさそうです.

パレイドリア


パレイドリアとは,あるものが他のものとして認識される現象のことを言います.
写真を見てみましょう.

これらはよく見ると動物や人のように見えてきます.

また,特に人に見える現象をシミュラクラと言います.
ここでは,パレイドリアと創造性について扱ってきます.

パレイドリアの歴史


パレイドリアという言葉自体は,心理学分野の用語でドイツの精神科医カール・ルートヴィヒ・カールバウムが彼の論文「感覚の妄想について」(1866)で最初に使用しました.その後,ポーランドの精神科医であるシモン・ヘンスがそれを発展させ,非自発的想像力を測る「子供,健康な成人,精神障害者のインクブロットを使用したファンタジーのテスト」(1917)という論文を発表しました.そして,スイスの精神科医ヘルマン・ロールシャッハはインクブロットに見られるパレイドリアを使用して,人の性格を調査して心理状態を評価したロールシャッハ・テストを発表します.

Reversing Rorschach


リチャード・グレゴリーはnatureのエッセイの中で,リバーシングロールシャッハを提唱しています.
ロールシャッハ・テストは描かれたインクブロットに対して,(パレイドリアによって)何を想像するかという検証であることに対して,
リバーシングロールシャッハはパレイドリアを引き起こす絵を描かせる検証を行ないます.

このテストを行なった結果,芸術や音楽に強い関心を持つ参加者は,全体としてより独創的なパレイドリアの絵を描いたようです.
つまり,独創性や創造性とパレイドリアの視点が大きく関わっているということがわかります.

パレイドリアを誘発する絵を描く能力というのは,言い換えると見立てる能力ということができます.
この能力を育てることで,創造性を養うことができるかもしれません.

分子度


リチャード・グレゴリーは上記エッセイで,「分子度」という概念についてもmagnetic poetryを例に述べています.
magnetic poetryとは冷蔵庫に貼って使用するような,磁石のプレート上に英単語が書かれたものです.
複数の磁石を並べることによって文節や文章を作っていくような子供用のおもちゃです.

ここで,彼は

  • 「原子的」(一文字単位)すぎると,関連性や概念を示唆することができない
  • 「分子的」(文章単位)に説明しすぎると,独創性を阻害する

と述べています.
細かすぎると組み立てられず,粗すぎると他の可能性を考えられなくなる
というようなニュアンスです.

そして彼はその分子的である度合いを「分子度」と名付けました.


ではmagnetic poetryを応用して,人間のパレイドリアについて具体例で考えてみます.

  • 左: 砂利が乱雑に散らばっている状態は,それぞれの石の粒以上の全体の関連性を見出だせない
  • 中央: 家のパーツが程よい規則によって,人の顔のような「目」「鼻」「口」を見出すことができる
  • 右: 人間の顔はもう顔にしか見えず,独創的な連想は得られない

のように程よい分子度によって見立て可能性が高まると言えます.

機械の見立て


これまで,見立てと創造性の関係について扱ってきました.
ここでは機械によって見立てを行なっている作品を紹介します.


Grid Corrections (2018) Gerco de Ruijter

こちらはコンピュータの力ではなく,人力で類似した画像を並べて表現された作品であるため,コンピュータの力によって見立てた作品と区別しつて考える必要がありますが,ことのようなそれぞれが関連のないものを並べ替え連続的なアニメーションとして見立てる作品はとても独創的です.

他にも以下のような作品があります.
こちらは画像をグリット状に並べて表示したり,多少脚色することによってアニメーションとしての見応えを演出しています.


Cloud Face (2012) Shinseungback Kimyonghun

Cloud Faceは,韓国のアーティストShinseungback Kimyonghunによる作品です.まずは,以下の動画をみてください.

Cloud Faceは,AIの顔検出アルゴリズムによって顔であると認識される雲の画像を集めた作品です.これらの画像は,AIによる誤認識,エラーの結果です.一方で,私たち人間も雲の中に顔を発見することがよくあります.ここで,AIのエラーと私たちの想像力とが交差することになります.

Cloud Face

一般的に,AIによる誤認識はエラーとして否定的に捉えられます.もちろん,例えば画像解析による異常検知など,AIに正確な結果が求められる場面は多々あります.AIにエラーが多発するとなれば,そのようなAIを利用したシステムは非常に不安定で信用に欠けるものになってしまうでしょう.それでは,AIによるエラーは悪であり必ず避けなければならないものなのでしょうか?

Cloud Faceを例にとって考えてみましょう.Cloud Faceは,AIによって顔であると認識された雲の画像を集めた作品でした.これらの画像は実際には雲であり,顔ではありません.そのため,エラーであると捉えられるわけです.
しかし,Cloud FaceにおけるAIのエラーは,私たち人間が持つ想像力と非常に近いように思えませんか?顔でない画像から顔を見出す,それはまさに人間の想像力によってもたらされるものであり,AIのエラーはそれと非常に近しい現象であると考えることもできるわけです.

画像認識とは本来,そこに映っているもの正しく認識するための技術として想定されています.しかしこの作品では,あえて想定されていない使い方をすることで,非常にユニークで興味深い画像を集めることに成功しているのです.


Unseen Portraits (2014) Philipp Schmitt and Stephan Bogner

顔認識で監視し続けて,人と認識されない瞬間を探す作品は数あれど,顔を変化させるときの崩し方が特徴的な作品です.


Cat or Human (2013) Shinseungback Kimyonghun

人間の顔を猫の顔として認識する「猫顔検出アルゴリズム」(OpenCV),人間の顔検出アルゴリズムによって人間の顔として認識された猫の顔(KITTYDAR)を左右に並べた作品です.
猫に分類される人の顔がそういうものとして見ていると確かに見えてきたり,猫も凛々しい人に見えてきたりする,「見立て」られた瞬間にそう見えてしまう不思議があります.


Altergraph (2021) Scott Allen + Ryosuke Nakajima

顔認証を使い「顔のように見える植物」を探すなど,AIの本来の使い方ではない「誤用」を通して一味違った写真を撮るためのアプリケーションです.Altergraphは,写真を撮影するためのAltergraph.capture,そして写真集の素材となる写真を選ぶためのAltergraph.curationという2つのアプリケーションで構成されます.このアプリケーションはどちらも画像認識のAIを使用しており,普段私たちが写真を取るプロセスとは少し違った仕方で写真を撮影することができます.また,自分で改造する事もできます.


Threshold (2019) Martin Adolfsson

自身のスマホ上の過去に撮影された写真と比べて,似ている場合は写真を撮らせてくれないアプリケーションです.
写真が撮れなくなる,という体験を通して自分がこれまで撮ってこなかった写真撮影に強制的に挑戦させられることは独創的な写真を生む可能性があります.
また,アプリを活用して自分が撮ってきた写真の特徴を意識することは,自分自身で判断することが難しい側面があることを考えると,意義深いでしょう.


A Computer Walks Into a Gallery (2018) Philipp Schmitt




コンピュータの検出結果を視覚化したこのインスタレーションは,鑑賞者が作品を別の方法で見ることで,新しい見方で作品を鑑賞することを促します.


Perception Engines (2017) Tom White

シンプルな線や円を使った描画を行ない,随時画像分類にかけて目的のオブジェクトの確度が高くなるように線や円を動かしていきます.
コンピュータが見立て可能であるという判定のみを使った抽象的な絵を描くことによって,これまでの絵画などの発想と全く異なる風合いの抽象画を作っています.



Evolutionary faces (2020) Matty Mariansky


曲線を描くペンプロッターを制御するモデルと顔認識アルゴリズムを敵対的に学習させることで,人間にとっては顔に見えるけれども認識されないイラストを生成します.
Perception Enginesとはまた違った抽象的なグラフィックを生成することに成功しています.