最適化される社会
現代社会においては,様々なシステムが洗練化・合理化され私たちの生活は大変便利になりました.とりわけAIを用いたシステム,例えば翻訳システムや顔認証システムなどは近年目覚ましい進歩を遂げています.こうしたAIシステムは最適化を押し進める一方で,個々人が秘める多様性が失われてしまう危険性を孕んでいます.
スキナーボックス
個々人が秘める多様性が失われてしまう状況をスキナーボックスを例に説明したいと思います.
スキナーボックスとは,刺激と反応の関連付け(オペラント条件づけ)を行なう実験箱のことを指します.
ねずみはライトがオンになったのを合図にレバーを倒すことで,フードディスペンサーから餌を得ることができます.そのように簡単なプロセスで餌が手に入るようになると,ねずみはやがて,自分自身で餌を得ることをしなくなります.つまり,この合理化,洗練化されたシステムをラットは享受し,本来の狩りの能力を放棄してしまうことになります.さらに,餌はフードディスペンサーから得られるものだけに限定されてしまいます.
普段のわたしたちはどうでしょう?
- メモしなくても,またGoogle検索すれば良い
- 翻訳システムも精度が高いので,自分で勉強する必要はない
- 音楽はレコメンドシステムで適当に聴いていても良いアーティストにたどり着ける
- 適当にFacebookに画像をアップするとタグ付けの提案をしてくれて便利
など,粒度の違いはあれど,スキナーボックスと同じ状況が人間社会に起こっていると言わざるを得ません.
コンヴィヴィアリティとは
イヴァン・イリイチは著書「コンヴィヴィアリティのための道具」で,コンヴィヴィアリティを
- 人間の自立・創造性・自由・公平を保障するような道具(や制度)のありかた
- 使用価値をつくり出す自由があり、その自由が公平に配分されるような道具(制度)のありかた
- 過度な「合理化」になんらかの制限・抑制をあたえることによって実現
として,合理化追求型のモデルなどを例示・比較して論述しています.
最適化された社会システムとコンヴィヴィアルに付き合うことができれば,スキナーボックスのような状況は防げるかもしれません.
分水界
- 初期: 不足状態
- 1つめ: 拡張的,生産的
- 2つめ: 過度な最適化の虜,手段と目的が入れ替わる
道具が良いか悪いかと言うより,1つめと2つめの間でバランスを保つことが重要であると言えます.
自転車
イリイチは自転車をコンヴィヴィアルな道具として例示しています.
人間の移動する能力を増強し,過度な最適化や暴走もない絶妙な道具であると言えます.
それ以上の最適化が起こると,自動車の虜となってしまいます.
コンヴィヴィアリティを担保するには
項目 | 詳細 | 例 |
---|---|---|
生物学的退化 | 人工的な環境により自然の中で生きる力が失われる | 公共交通機関 |
根元的独占 | 代替できない独占による依存を招く | Googleマップ |
過剰な計画 | 創造性や主体性を奪い,思考停止させる | シンプルなUIのアプリ |
二極化 | 独占する側・される側に分かれる | SNS |
陳腐化 | 既存のものの価値を過小評価する | スマートフォン |
イリイチは表のような項目が起こっていると,2つめの分水界を越えていると説明しています.
逆に言えば,これらに注意することで,道具が一定の洗練度を越えてしまわないようにコントロールすることができそうです.
では,すでに社会に実装されてしまっている過度な最適化・合理化システムと対峙した時はどうでしょうか?
考えられる対策は大きく分けて2つありそうです.
- 既存の合理化システムからコンヴィヴィアリティを探索する
- 合理化システムを放棄する
しかし,イリイチは2のように合理化システムを単に放棄して先祖返りするということは主張していません.
ではどうやって1のように既存の合理化システムからコンヴィヴィアリティを探索していくのでしょうか.
誤用する
誤用はここでは道具の想定されていない使い方を指します.
これによって,既存の合理化システムを使いつつ想定されない多様な出力を得る事が可能になります.
道具の作成者の想定から逸脱するという行為は過度の最適化からも逃れることができるため,コンヴィヴィアルということができるでしょう.
では具体的に誤用の例を見てみます.
手法例
DJ scratching
もともとレコードはスクラッチなどせず,音楽を聴くためのものでしたが,スクラッチにより独特の音を出すことができます.さらに楽器のような身体化が必要で,スクラッチによってDJは大きくアップデートされたと言えます.
Circuit bending
回路を繋ぎ変えたり部品を加えることで,楽器として使用します.
作品例
Dog Star Man (1961) Stan Brakhage
フィルムを物理的に削ることで独特の表現(シネカリ)を得た作品です.
Demi-pas(Half-step) (2002) Julien Maire
既製品を分解したり自作のモジュールを使用することで,単なる映写機やプロジェクターでは出せない独特の映像表現を得ている作品です.
思い過ごすものたち (2013) 谷口彰彦
iPadとそのアプリケーションを想定されない使い方で”思い過ごし”を起こしています.
AI DJ Project (2018) Qosmo Inc.
AI DJ ProjectはAIにバックトゥーバックで選曲させます.
AIは最適化のための存在のように考えられていますが,このプロジェクトでは敢えて人間の模倣はさせずに,曲の特徴から次にどの曲をかけるか選択させています.
そのため,思いも寄らないアーティストが提案されることもあるようですが,そのときこそ人間の選択しそうな範疇を越えた興味深い表現になります.
過去にアーティスト別で提案するようなAIのモデルを作成したときに,それっぽい・攻めていないもの(マイケル・ジャクソンをかけると間違いない など)ばかり提案してしまう経験があったため,敢えて模倣させないスタイルになったとのことです.
単なる最適化をさせないというのは,AIを使用するときに必須になってくるかもしれません.
コンヴィヴィアルなデザイン
従来の直接的な課題解決型のデザインでは,自身が能動的に生きられているかどうかということについては同意できない部分があります.
生み出されたプロダクトやサービスを享受するとき,ユーザーが能動的に振る舞うことができているかというと,そうではない部分も多々あります.
スペキュラティブデザイン
スペキュラティブデザインとは,アンソニー・ダン+フィオナ・レイビーによって提唱された,未来を対象とした空想のビジョンをプロトタイプする手法です.
これによって,様々な潜在的な社会問題に対して問題を適し,議論を促します.
Designs for an Overpopulated Planet (2009) Dunne and Raby
潜在的な人口爆発に対して,新たな栄養源を得るために,虫からヒントを得た栄養補給手段を提案しています.
I Wanna Deliver a Dolphin… (2013) 長谷川 愛
潜在的な食糧不足に対して,人ではないイルカを産むというプロジェクトです.