第3回: 誤用

監視社会


わたしたちは普段色んなカメラに接して生活しています.一日生活してみていくつのカメラが自分の周りにあったか数えることができるでしょうか?スマートフォンやPCのウェブカメラなどの意識しやすいものもあれば,監視カメラなどの普段あまり意識しないものまで様々です.

ここではその意識しない側の存在である監視カメラについて考えてみたいと思います.

CCTV


CCTV

CCTVとはイギリスの監視カメラシステムです.現在イギリス全体で約600万台の監視カメラが存在します.イギリスより国土の広い日本はその1/100程度の監視カメラがあるようですが,それでも多いように感じる方もいるかもしれません.
もともとは防犯目的でイギリス政府が推進してきたプロジェクトで,ロンドン同時多発テロなどを契機にかなり拡大したようです.これが犯罪の抑止力になるかどうかという議論はさておき,このような徹底的に監視された状況で一市民として何を感じるでしょうか.

Pros

  • 犯罪に遭う確率が減って嬉しい
  • 犯罪に遭っても犯人が見つかる確率が上がって嬉しい

Cons

  • カメラの死角はより危険な場所になるのではないか
  • 防犯以外の目的で記録されているのではないかと不安になる
  • ちょっとした交通違反などでも徹底的に監視されて気が抜けない

など,色々なことが想定されると思います.
近年,AIベースのコンピュータビジョンの発達によって,より高度な分析がなされていることは間違いありません.
この状況を踏まえた上で,どのように生きていくかという問題を各々が考えていく必要があるかもしれません.

監視と表現

監視カメラ・プレイヤーズ

監視カメラ・プレイヤーズ(SCP)は,1995年にマイケル・カーターが行った「ビデオ監視装置のゲリラ・プログラミング」の呼びかけに応じて,1996年11月にビル・ブラウン、スーザン・ハル,その他様々な活動家がニューヨークで設立したグループです.このメディア・アクティビスト・グループのメンバーは,カメラの前で特別に脚色された芝居を上演することで,保護されているプライバシーの侵害に反対することを表明しています.アルフレッド・ジャリの「ユビュ・ロイ」やオーウェルの「1984」,ベケットの「ゴドーを待ちながら」などが上演されました.それ以来,このメディア・アクティビスト・グループは,主にニューヨークで40回以上監視カメラの前でパフォーマンスを行っており,現在ではテンピ,アリゾナ,サンフランシスコ,ボローニャ,ストックホルム,リトアニアにもグループがあるそうです.

もともとはテレビ番組で警備員が監視カメラの映像を見て暇をつぶすというコンテンツにインスパイアされたものらしいですが,警備室のカメラを「観客がいる」リアルタイム配信カメラのような捉え方をすることで,見る-見られる関係性を強く意識させ,同時にパフォーマーが自分が見られているということを自覚していることがよく伝わってきます.

最適化される社会


現代社会においては,様々なシステムが洗練化・合理化され私たちの生活は大変便利になりました.とりわけAIを用いたシステム,例えば翻訳システムや顔認証システムなどは近年目覚ましい進歩を遂げています.こうしたAIシステムは最適化を押し進める一方で,個々人が秘める多様性が失われてしまう危険性を孕んでいます.

スキナーボックス


個々人が秘める多様性が失われてしまう状況をスキナーボックスを例に説明したいと思います.
skinnerbox

スキナーボックスとは,刺激と反応の関連付け(オペラント条件づけ)を行なう実験箱のことを指します.
ねずみはライトがオンになったのを合図にレバーを倒すことで,フードディスペンサーから餌を得ることができます.そのように簡単なプロセスで餌が手に入るようになると,ねずみはやがて,自分自身で餌を得ることをしなくなります.つまり,この合理化,洗練化されたシステムをラットは享受し,本来の狩りの能力を放棄してしまうことになります.さらに,餌はフードディスペンサーから得られるものだけに限定されてしまいます.

普段のわたしたちはどうでしょう?

  • メモしなくても,またGoogle検索すれば良い
  • 翻訳システムも精度が高いので,自分で勉強する必要はない
  • 音楽はレコメンドシステムで適当に聴いていても良いアーティストにたどり着ける
  • 適当にFacebookに画像をアップするとタグ付けの提案をしてくれて便利

など,粒度の違いはあれど,スキナーボックスと同じ状況が人間社会に起こっていると言わざるを得ません.

コンヴィヴィアリティ


イヴァン・イリイチは著書「コンヴィヴィアリティのための道具」で,コンヴィヴィアリティを

  • 人間の自立・創造性・自由・公平を保障するような道具(や制度)のありかた
  • 使用価値をつくり出す自由があり、その自由が公平に配分されるような道具(制度)のありかた
  • 過度な「合理化」になんらかの制限・抑制をあたえることによって実現

として,合理化追求型のモデルなどを例示・比較して論述しています.

最適化された社会システムとコンヴィヴィアルに付き合うことができれば,スキナーボックスのような状況は防げるかもしれません.
では具体的にどうすれば良いのでしょう.

コンヴィヴィアリティを担保するには


最適化・合理化システムと対峙した時,大きく考えられる対策は2つありそうです.

  1. 既存の合理化システムからコンヴィヴィアリティを探索する
  2. 合理化システムを放棄する


思い過ごすものたち (2013) 谷口彰彦


いわゆる誤用は既存の合理化システムを使いつつ想定されない創造を行なう事が可能になります.


Demi-pas(Half-step) (2002) Julien Maire


合理化システムを使用しないことによって創造性の消失をPhenomena artは装置に落とし込まれる前の現象を扱うことで創造を余地を残します.

AIを誤用する

誤検出させる

Cloud Face (2012) Shinseungback Kimyonghun

Cloud Faceは,韓国のアーティストShinseungback Kimyonghunによる作品です.まずは,以下の動画をみてください.

Cloud Faceは,AIの顔検出アルゴリズムによって顔であると認識される雲の画像を集めた作品です.これらの画像は,AIによる誤認識,エラーの結果です.一方で,私たち人間も雲の中に顔を発見することがよくあります.ここで,AIのエラーと私たちの想像力とが交差することになります.

Cloud Face

一般的に,AIによる誤認識はエラーとして否定的に捉えられます.もちろん,例えば画像解析による異常検知など,AIに正確な結果が求められる場面は多々あります.AIにエラーが多発するとなれば,そのようなAIを利用したシステムは非常に不安定で信用に欠けるものになってしまうでしょう.それでは,AIによるエラーは悪であり必ず避けなければならないものなのでしょうか?

Cloud Faceを例にとって考えてみましょう.Cloud Faceは,AIによって顔であると認識された雲の画像を集めた作品でした.これらの画像は実際には雲であり,顔ではありません.そのため,エラーであると捉えられるわけです.

ところで,顔でないものから顔を見出すといった現象は,人間が持つ想像力によってもたらされます.他にもパレイドリアという心理現象で知られるように,私たち人間には,普段からよく知ったパターンを本来そこに存在しないにもかかわらず心に思い浮かべることがあります.

(画像はWikipediaより引用)


これを踏まえると,Cloud FaceにおけるAIのエラーは,私たち人間が持つ想像力と非常に近いように思えませんか?顔でない画像から顔を見出す,それはまさに人間の想像力によってもたらされるものであり,AIのエラーはそれと非常に近しい現象であると考えることもできるわけです.

画像認識とは本来,そこに映っているもの正しく認識するための技術として想定されています.しかしこの作品では,あえて想定されていない使い方をすることで,非常にユニークで興味深い画像を集めることに成功しているのです.

REALFACE Glamouflage

REALFACE Glamouflageは,顔認識アルゴリズムを混乱させるように設計されたTシャツのコレクションです.

この作品の当時,Facebookにおける写真のタグ付け機能が流行していました.この機能は,画像をアップロードするだけで個人を識別しタグ付けしてくれるという便利な機能ではありますが,そのアルゴリズムの詳細については明らかになっていません.かつては写真にタグを付けるという行為は,自らが能動的に行う行為でしたが,この機能が開発されて以降は,Facebookの提案を受け入れるという受動的な行為へと変化していきました.

かつては任意の機能としてタグ付け機能が存在していましたが,Facebookによる自動タグ付けが普及して以降は,以前にも増して顔というものがある種の価値を持つようになりました.タグ付けされることでプロフィールにも表示されやすくなり,「いいね」も集めやすくなります.元々SNSに顔写真をアップロードすることはリスクも孕んでいましたが,自動タグ付けによってアップロード行為は促進されることにも繋がりました.

そのような背景の中で,REALFACE GlamouflageはFacebookの顔認識アルゴリズムを混乱させることを目的として制作されました.以下のように,有名人の顔画像をTシャツに貼り付けることで,顔認識アルゴリズムはそれらの画像を顔として認識し,余分なタグを付与します.

REALFACE Glamouflage

このTシャツを着ることで余分なタグが付与され,着ている人の情報はある程度分散させることができます.顔認識アルゴリズムを混乱させることで,個人のプライバシーを守ることができているわけです.顔認識アルゴリズムが一般に普及した現代の社会においては,このようなデザインが自らの身を守る役割を果たすのかもしれません.そのようなアルゴリズムから身を守るにはどうすれば良いのか,その解決策について私たちに導線を与えてくれるような作品です.

(画像は https://www.designforsustainability.info/signals/realface-glamouflage より引用)


検出から逃れてみる


どうすれば検出から逃れることができるのか,実際にOpenCV(Open source Computer Vision)ベースの顔認識プログラムを動かして試してみましょう.
プログラムではなく,映り込む自分自身の見た目を変化させることによって,自分の顔が認識されなくなるように工夫してみましょう.

今回もGlitch.comのテンプレートから必ずRemixして自身のプロジェクトとして編集できる状態にしてから作業してください.

OpenCV face detection template
要件

  • 認識されている証拠である赤い四角が見えない状態にすること
  • 本人であることは認識できるようにすること


検出から逃れる

UNLABELED

次に,AIに抵抗するプロジェクトの一例として,UNLABELEDというプロジェクトを紹介します.このプロジェクトは,一言で言えば,AIの検出から逃れる服を作るプロジェクトです.

近年では,様々な場所に監視カメラが設置され,私たちの生活は常に監視の目に晒されることになりました.そしてそのカメラにAIが搭載されていた場合,私たちの情報はAIによって解析・識別されてしまいます.実際に中国では,そのようなAIを搭載したカメラによって個人を監視するようなシステムがある程度完成しています.

そのような社会では,私たちの情報は収集・解析されてしまい,私たちのプライバシーは大きく脅かされることになってしまいます.その中で,私たちはどのようにして自分のプライバシーを守れば良いのでしょうか?

その手段として,このプロジェクトではAIに誤認識されやすい服を制作しました.この服を纏うことで,AIを搭載した監視カメラによって人間と認識されなくなり,データ化され監視されてしまうことから逃れることができます.

ベースとなっているのは,Adversarial Exampleという技術です.このAdversarial Exampleとは,簡単に言えば,AIに対する脆弱性攻撃のようなものです.説明としては,よく以下の画像が使用されます.

Adversarial Example

(「Explaining and Harnessing Adversarial Examples」より引用)

元々,左の画像は57.7%の確率でパンダとして認識されていました.この画像に微弱なノイズ(真ん中の画像)を加えた結果(右の画像),AIはこの画像を99.3%の確率でテナガザルとして認識しました.皆さんの目から見て,右の画像はテナガザルに見えるでしょうか?

このように,とある画像に対して,人の目には判別できないほどのノイズを加えることでAIを騙すことができてしまう事例が報告されており,Adversarial Exampleと呼ばれています.このAdversarial Exampleは画像に限らず,文章や音楽など他の領域においても報告されています.

その後,このAdversarial Exampleの考え方を応用したAdversarial Patchという手法が登場しました.以下の動画が,実際のデモ動画になります.

この動画では,YOLOv2という物体認識モデルを使用して,画面に映る物体が何であるかをリアルタイムに判別しています.何も持っていない男性はpersonとしてAIに認識されていますが,一枚の紙をもった男性はpersonとして認識されていません.この紙がAdversarial Patchです.このAdversarial Patchを持つことで,YOLOv2という物体認識AIからはpersonとして認識されなくなります.

そして,このAdversarial Patchを発展させてUNLABELEDが生まれました.Adversarial Patchのように,YOLOv2という物体認識AIから人としてされなくなる上,紙ではなく服を開発しました.服を開発したことにより,常に身に纏い街へと出かけることができるようになりました.

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かつて,戦場にて身を隠すために迷彩柄が生み出されました.周りの景色と溶け込むような柄を見に纏うことで,自らの身を守っていたのです.あらゆる場所に監視カメラが設置されるようになった現代では,かつての戦場のように,監視カメラから自らの身を守る必要があります.その手段として,UNLABELEDのような現代の迷彩柄を見に纏う,といった方法も考えられるのでしょう.


CV Dazzle

CV Dazzleは,Adam Harveyにより制作された,顔認識システムから逃れるためのヘアスタイル/メーキャップ術です.

先述したように,現代ではあらゆる場所にカメラが設置され,私たちのセキュリティやプライバシーは常に危険に晒されています.そのような状況下で,ヘアスタイルやメーキャップを使うことでカメラから自らを迷彩することを目的としています.

CV Dazzleでは,ダズル迷彩という迷彩をベースとしています.ダズル明細は第一次世界大戦中に多く見られた迷彩パターンで,艦船の船体外装に全面的・全体的に塗装して施されました.迷彩とは本来,周囲に溶け込むことを目的とするため,ダズル迷彩のような目立つパターンは一見逆効果のように思えます.しかし,ダズル迷彩においては敵艦隊の射撃システムを困惑させることを目的としているため,このような派手なパターンとなっています.つまり,何を目的とするかによって,迷彩のパターンというのも状況ごとに変化していくのです.

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ダズル迷彩を施されたエンプレス・オブ・ロシア(1918年)(画像はWikipediaより引用)

このCV Dazzleは全ての顔認識アルゴリズムに対して機能するわけではなく,Viola-Jonesアルゴリズムを使用したアルゴリズムに対してのみうまく機能します.以下の動画は,Viola-Jonesアルゴリズムの実際の動作を視覚化したものです.

このアルゴリズムでは,長方形の領域ごとに計算を実行し,明るい領域と暗い領域の違いを分析します.その領域内に顔が存在するかどうか判別するためにさまざまなスケールでスキャンを実行し,顔があると認識された場合には赤い長方形でマークされます.そしてこの赤い長方形が複数個重なった場合にのみ,顔が存在すると認識されます.そのため,単に濃いメイクアップをするだけでは顔認識アルゴリズムを騙すことはできません.

そこでCV Dazzleは,前衛的なヘアスタイルやメーキャップを使い顔の連続性を隠しすことで,顔認識アルゴリズムを騙すことに成功しました.うまく騙すためのポイントとしては,左右を非対称にすることや,顔の輪郭を隠すことが効果的なようです.

この例では,髪型によって顔の輪郭は隠れ,さらに右頬のメイクによって顔の左右は非対称になっており,うまく顔認識アルゴリズムを騙すことができています.他にも,以下のようなパターンで成功を収めています.

(画像は https://cvdazzle.com/ より引用)

このようにCV Dazzleでは,顔認識アルゴリズムの特性を分析することで,逆に顔認識アルゴリズムを騙すことに成功しました.この作品は2012年の作品ですが,当時の段階ですでに監視カメラなどの普及に伴うセキュリティー/プライバシー侵害は大きな問題となっていたことがわかります.その対抗手段としてヘアスタイルやメーキャップを活用するという視点を見出したアーティストAdam Harveyの視点は大きな意義を持つでしょう.


How To Avoid Facial Recognition

この作品は,Kyle McDonaldとAram Barthollによる,アナログな方法で顔認識アルゴリズムを回避するための一連の方法の実験です.これまで紹介してきた事例では,デジタルな手法を用いて顔認識アルゴリズムを騙すような事例が多くありましたが,この作品では,誰でも実践可能なアナログな方法を模索している点が異なります.

まず,彼らは以下のようなマスクを装着します.この場合にはほとんど顔が見えないので,もちろん顔認識アルゴリズムを騙すことは容易いでしょう.

How_To_Avoid_Facial Recognition_1

次に,透明なマスクを装着します.マスクが光を反射するため,顔認識アルゴリズムがきちんと動作しなくなるのでしょう.

How_To_Avoid_Facial Recognition_2

そして最後に最もアナログで簡単な方法として,顔を傾けるという方法を紹介しています.特別な道具や準備は何も必要とせず,誰でも気軽に実践できるという点で,効果的であると言えるでしょう.

How_To_Avoid_Facial Recognition_3

街中で皆で実践している様子.
How_To_Avoid_Facial Recognition_4

こうした取り組み自体はとてもユーモラスに思え,監視社会というディストピア的な未来に対して,私たちができることは何があるのか,希望的な見地を与えてくれます.現在のAIをベースとした顔認識システムに対してはこの方法はうまく機能しない可能性はありますが,私たちの想像力次第で,新たな方法が発見されるかもしれません.